その「模索」の中で生まれたのが、中島飛行機の大田・三鷹工場を引き継いだ富士工業の「ラビット」スクーターであり、伊勢崎工場を引き継いだ富士自動車工業のフルオーバーキャブのリヤエンジン・フルモノコックのバスボディであり、大宮工場を引き継いだ大宮富士工業のバイク「ハリケーン」、三輪車「ダイナスター」だった。
そして、富士産業解体直後の1951年(昭和26年)、中島飛行機の発動機開発の拠点だった荻窪・浜松工場を引き継いた富士精密工業から、スバリストにとっては伝説の技術者である、あの百瀬晋六氏が在籍していた富士自動車工業(伊勢崎)に話が持ち込まれ、開発が始まったのが、左のスバル1500(P-1)だった。
のちに紆余曲折を経て「プリンス自動車」となり、「スカイライン」、「グロリア」といった乗用車や、「R380」、「スカイライン2000GT(S54型)」、そして日産自動車との合併後「スカイライン2000GT-R(PGC10・KPGC10・KPGC110型)」を生み出し、日本のレーシングシーンをリードしていくことになる富士精密工業は、当時「FG4A」型エンジン(OHV・水冷直列四気筒・1,484cc・最高出力:48ps/4,000rpm・最大トルク:10.0kg-m/2,000rpm)を当時すでに完成させ、このエンジンを搭載した乗用車の設計を富士自動車工業に打診、富士自動車は百瀬晋六氏を責任者とする開発チームを編成し、1952年10月に試作第一号車が完成、走行試験を重ねながら熟成が計られていった。
このままいけば、「スバル・スカイライン」や「スバル・グロリア」といったクルマが誕生して、現在に至るまでの国産車の歴史も自動車業界の勢力図も大きく違うものになっていたはずなのだが、もちろんそうはならなかったことは皆さんご存知の通りである。
ではなぜそうならなかったのか?
それは戦後の混乱期の中で、富士精密工業がその資本をブリヂストンに握られてしまっていたからである。ブリヂストンの創始者、石橋正二郎氏は、この旧財閥・中島飛行機グループの再合同に強い難色を示したといわれている。
また、1952年、保安庁(現在の防衛省)が採用を決定したパイロット育成用の練習機アメリカ・ビーチクラフト社「T-34メンター」のライセンス獲得を巡って、旧・中島飛行機グループは再合同の動きを活発化しており、1953年5月には、GHQより1952年(昭和27年)3月に宇都宮飛行場の接収解除を受けた「宇都宮車輛」を加え、1953年7月には航空機事業を柱とする「富士重工業株式会社」が発足する一連の流れの中で、富士精密工業を積極的に再合同に取り込む「根回し」あるいは「工作」といったものに費やす資本的・時間的余力がなかったという事情があった。
富士重工業初代社長の北謙治氏は、P-1の完成にあたって、新型車に「すばる」という名前を与えた。
「すばる」とは牡牛座の六連星(むつらぼし)。「古事記」や「枕草子」にも著わされた美しい古語である。
それは、旧・中島飛行機の6社、すなわち富士工業、富士自動車工業、大宮富士工業、宇都宮車両、富士産業、そして富士精密工業が再び集い誕生したクルマであることを高らかに謳ったものだった。
1955年(昭和30年)4月1日、富士工業、富士自動車工業、大宮富士工業、宇都宮車輛、東京富士産業の5社を吸収合併する形で新生「富士重工業株式会社」がスタート。
「六つ目の星」は、5社を吸収合併する「富士重工業」である。
スバルの「六連星」誕生の裏には、再合同を巡るかつての仲間との訣別という悲しい物語があったのだ。
こうした経緯を辿り、富士精密工業からの「FG4A」エンジンの供給は途絶え、代わって大宮富士産業製のエンジンが搭載されること決まった。
大宮富士産業製エンジンは水冷直列四気筒・1,485cc・最高出力:55ps/4,400rpm、最大トルク:11.0kg-m/2,700rpmの性能を発揮、富士精密製「FG4A」に比べ高出力、しかも軽量だったといわれている。
1955年(昭和30年)に入り、大宮富士製エンジンの開発スピードは速められた。だが、当時の大宮富士が作っていたのはオートバイ、三輪車用エンジンであり、乗用車用エンジンを量産するには過大な設備投資を必要とした。
さらに同年、トヨタ自動車がスバル1500と同じ1,500ccの「クラウン」を、日産自動車が1,000ccの「ダットサン110」を発売。その上、すでにいすゞ自動車がイギリス・ルーツ「ヒルマン」を、やはり再合同の途上にあった新三菱がアメリカ・カイザー・フレイザー「ヘンリーJ」を、日野自動車がフランス「ルノー4CV」をノックダウン生産している状況では、当時の富士重工業の資本力では対抗出来ないとメインバンクだった日本興業銀行(現:みずほコーポレート銀行)が判断。P-1の市販は断念せざる得ない状況に追い込まれてしまった。 |